デニムジャケットについて

デニムジャケットも大好きです。

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#70505-0217

1994年の修学旅行。中3の私はこれに501でした。

これが難しくてですね。どう着ていいものか。

シャツはインなのか、アウトなのか。イン。

袖がちょっと長えなぁ。だったり。

襟たてんのあり?だったり。もう家で

悶々としてですねえ。

 

1994年、5月19日の二泊三日の京都奈良の旅行

だったんですけど、デニムセットアップは私だけでした。

ちなみに、デニムジャケット着用も400人弱の生徒で

私だけでした。季節柄もあるでしょうがやっぱり

中坊には敷居が高いアイテムですよね。

修学旅行ってやっぱり晴れ舞台じゃないですか。

童貞にとっては。

 

私はこのジャケットと格闘していました。あるいは

これを着た自分自身と、戦っていたのかもしれない。

1994年、昭和バブルは崩壊していましたがまだまだ

今から考えると牧歌的な時代で。中学生は輝いていた。

私にとってはそんな周りが気にならず、アメリカで

作られたこのジャケットをどうすれば着こなせるのか

そればかり考えていたし、その延長で京都に行った

だけの話で汗ばむなあと不快に思っていたのを思い出す。

当時のトレンドもオーバーサイズをお洒落さんたちは

楽しんでいたよ。ある種今はその焼き直しかな?

時代に輝きがないからなんか白黒コピーみたいな。

俺は、うちの町、並木が誇る信頼のジーンズシミズで

マイサイズをしっかりご教授頂いて購入したので

トレンドとか無縁だったなあ。シミズ社長は今も健在で。

ぱっと見ラルフローレンだよ。まさにカッコいい。

リーバイスブックをこの店で頂いて、家でじいっと

見つめていた中学生時代。501は割とは着込めば

なんか着こなせてる風に思ったけど、ジャケットは

相当にハードで。未だに着こなせてんのかわかりません。

 

憧れのアメリカ!

ってのは購入に至るまでのイメージで、詳細な情報とか

頭に叩き込んだのはあるけど、やっぱり思春期を共に

過ごしたので、自分の体の一部のような。ちゃんとそこは

身近に手繰り寄せられたんじゃないかな。ここが大事と

思うよ。若い人!買ってから数十年経っても気分いいんですよ。

魂が移るというかね。

 

大切な服はただのものじゃないですよね。コレクターとか

いますがひとりの人間、そんなに着れませんし。

あるいは年くって買うのと、思春期にそれを買うのと

そこからなんとか着こなすのと随分違う。

だから僕はフイナムの先人、栗原氏のゲームセンターの517

の逸話に痺れるのです。その瞬間に意味がある。それを

着てるやつらがすごいんだってことだよね。

あるいはそのゲーセンに出入り出来るかまであるかも

だよな。うちの横浜南部のローカルだとパワースポット

的なゲーセンがいくつかあって、簡単に入りびたれる

もんじゃないんだよね。そこの年上とかに憧れてたなあ。

 

まあ、長くなりましたがこういう初々しい思い出と

この70505は共にあるんです。僕の胸の中で。

 

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#s506xx

あれから10年じゃねえけど、2004年。その頃ってなんかバーニーズ

ニューヨークとかでイケてる服がいいなって思ってたんです。

サラリーマンでスイスイ買えるし。なんちゃらタリアフェリ?

ミスチルの桜井さんが来てたレザーシャツと同じやつ買ったり。

小室哲哉と同じニット買ったり。浮ついていました。で、なんか

空虚で、会社を辞めて創作活動しようって。

 

で、思ったよね。俺が着たい服ってなんなんだ?

本当に、好きな服ってなんなんだ?

答えは実はすでに出てた。

デニムセットアップ。

これなんですよ。

深く刻まれた、俺のファッションの根本。

生地、サイズ、着込んだ後の状態を

覚えているし。14歳の頃とサイズも

変わらないし。

5年ぶりにジーンズシミズに行って

深呼吸しちゃった。高額な服をダラダラ買ってたけど

心は飢えていたんだ。シミズ社長の慈愛の眼差しの前に

俺はあの頃の自分に戻った。ここが、大好きな場所だ。

ラグジュアリーブランドはまっぴらだぜ。そして

選んだこの一着。s506xx。このエスはシンプルのエス

俗に言う大戦モデルのレプリカ。とはいえ、アメリカ製。

今は亡きバレンシア工場の逸品。糊付きバキバキ。

レプリカには1995年に手を出してまして。501xx。

必死に色落ちを頑張ったよ。それはいて翌年アメリカ行って

グランドキャニオン歩いて、なかなかの色になったな。

脱線しました。

 

まあ、そういうことがしたくなったんです。糊付きのデニム

と向き合いたくなったんです。当然、大人買い?なので

S501xx、デニムパンツも同時に書いvansのオーセンティック

アメリカ製三点をチョイス。シミズで最高のひと時を

過ごしたよ。ゲットバック!ってね。そこからチャリで

家に帰るまでの間。なんかいろんな思い出が溢れてきて。

 

セレクトショップ回って米国製シャツ探して。当時まだ

あまりなくて。ユナイテッドアローズインディヴィ

マドラスチェック。これがすごくしっくりしたんだ。

コテコテアメリカンでバーニーズで浮いたな〜。

そこからしばらく絵書いたり、詩を書いたり。

横浜の山下埠頭周辺で生活していました。

楽しかった。サラリーマンからの解放ってね。

自由だ!その生活をこのジャケットとともにした。

まあ、完全にスーツとしてきていたのでパンツも

同時にね。2006年に作品をまとめて本を出版

して、何も得られず。ってね!

 

で、潔くクリエイターの道は削除して実家の

飲食業を頑張ることにしました。デニムセットアップ

は強烈なので当時徐々にきていたトラッドブームに

しばらく熱中します。またバーニーズに戻ったり。

 

チャラチャラして、2009年に結婚できました。

妻が身ごもり、考えました。俺は何を着るべきか。

答えは出ていました。

デニムセットアップ。

これしかないんです。僕には。

そして、もう着替えないと。決めました。

娘が無事に産まれてくるまでは。

毎日、着替えないと。まあ、職場では着替えますけどね。

飲食、衛生大事。

でも私服は着替えない。その時が再び、このセットアップ。

そして、シミズ社長にデニムシャツもオーダー。

レプリカの年代が違うのがあれですが、スリーピース完成。

更に過激になりました。私、妻、子供。スリーピース

じゃないとダメだって思ったんです。2010年は四六時中

仕事中以外はこれを着ていました。パチュリオイルを塗って

匂い対策したり。妻は入院が長かったので、病院に通う

わけですが、結構目立ってたと思う。着替えないので。

 

9月、無事に出産。元気な娘が登場し、嬉しくて。もう。

自分にとっての服っていう概念が消えてて。産まれてのに

引き続きデニムスリーピースが続きました。

そして、翌年3月に大震災。

 

家をリフォーム中だったんです。便器が、なかったんです。

施工業者たちも経験のない事態で、心から不安だった。

仙台のTOTOの工場が被災し、うちの便器が割れたですって!

とか。リアルに、不安ですから。その間妻の実家に厄介になり。

計画停電で家なのにランプで夕食とか。信号も消えてて

前で事故とか。そんな毎日をこのスリーピースで過ごしたの。

なんか、感慨ぶかい。ちょっと涙出てきそう。嘘です。

余震のたびにスリーピースの上にマクレガーのダウン

サンフランシスコハットのウェスタンハットで外に

飛び出ましたよ。近所の人がこっちをチラ見する。

社会に出てから色々あった俺の人生に静かに寄り添って

くれてるこのジャケットにはマジで感謝してる。

パンツも、シャツもね。シミズ社長にリペアもお願い

できるからこれからも長い付き合いになるだろう。

 

まあ穏やかなブログであればここで終わるだろうね。

だがしかし、俺たちが生きるこの世の中そんな淡いもんじゃ

すまないんだね。

 

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#507

混迷を極めた時期が過ぎ、一本の筋道が見え始めたのが2014年。

そう、アベノミクス。イケイケで、いいんだ!なんか色々なものを

肯定する勇気が湧いてきたよね。ポパイのリニューアルで今の

カルチャーシーンが出来上がったと、俺は思ってる。で、なんか

デニムセットアップも市民権を得たというか。カッコいい人が

デニム上下で映った写真がネット上でも散見されてね。おお!って。

ヤア!ヤア!ヤア!

 

2015年、デニムスリーピースを 新調することにした。

悲しいことに、当時すでに現行のLVCはジーンズシミズには

入荷せず。リーバイス直営店でのみの扱いに。シミズ社長の

金縁メガネの奥の瞳が曇って見えた。ファッションとは

残酷なもので、シュガーケーンの米国製を進める社長を後に

俺はみなとみらいのリーバイスショップへ向かったのだった。

あんまり知識ないけど、なんかイケてる女性がいて

タトゥーがチャーミングだったな。で、彼女にスリーピース

を出してもらい、サイズを相談。セットアップが浸透してきたって

書いたけど、そこにシャツまで入れると、やっぱり際どいんだね。

女性の表情がちょっと冷たかった。前回のスリーピースはレプリカ

の年代がずれたのがイマイチだったので今回は年代をズバリで

合わせていくことに。必然的にジャケットはこのセカンドタイプ。

501z、でシャツ。1950年代中頃で揃いました!いいね!

ちなみのLVCのオンラインショップの画像ではイケメンが

スリーピースで写ってるよ。

 

すでにこのシリーズは元々のリーバイス工場で作られたものじゃない

らしい。生地はコーンミルズ社製ですがね。ホワイトオークだって。

なんか、違うなあ、っていうのはありますよねえ。なんなんだろう。

まあ、このセットアップにバルマカンコート羽織ってvans履いて

ロンハーマンカフェでお茶して、うん、アベノミクスって感じ。

ハイに、ハイに!

 

でもなんか、徐々に違和感も感じることが出始める。これまで生きてきた

夜中と違う流れを、感じ始める。ジーンズシミズじゃないけどもローカル

は切り捨てられた感があり、オリンピックとい怪しく輝く2020年に

向けてお役所までもがハイに!ハイに!ハイに!何かがおかしい。

何かが。ハイであるか否か。その背後にリヴォルバー。666。

見張られてるぜ、俺たちは。

 

光と陰。その光は目も当てられぬ程に眩しく輝き、まるでピンポイント。

その他は影となり遠ざかるほど漆黒の闇と化す。

かつては、同じく存在していた町が、地域が、闇へと消えていく。

 

やはり、アベノミクスがもたらしたハイな社会はインフルだったんだな。

続くことはない。今、俺たちは高熱で浮かれてんだ。もうじきシラフに

戻るわけだけど、残念ながらこれはオリンピックまでもたなかったな。

シラフで迎えるオリンピック。ああ、寒々しい。病のインフルはその後

健康になるが、アベノミクスのその後をだれか占える人、いますか?

夏にアベーロードでジ・エンドですか。女王様?

 

何がきっかけなのかはわからない。今日未明、日本の真ん中あたりで

地震ありましたね。なんか地鳴りがすごかったとか。どう思います?

俺は来るべき災難に備えてこのスリーピースを完成させるよ。

ハットも新調した。ステッドソン。ブラック。ベルト、シューズ

はノコナ社のリザードコンビ。バックルとリングはナバホ。

激動の時代を共にする新しい仲間たちだ。かつてのスリーピースも

リュックに忍ばせ脱出するつもり。皆さんは何着るのか決めてる?

何も感じない人たちは未だにハイでいいね。でもそれインフルです。

すごい顔したライトハイザー?氏が日米通商交渉?でやってくるんですか?

どうするんですか?桜田大臣?あ、違うか。

 

横浜にいるとですね、ちょいちょい日米の記念碑的な場所が出てくんですよ。

ペリーだとか、マッカーサーだとかゆかりの場所が。時の日本の要人は

しっかり相対してたのかなあ。今はどうだろう。まあ、全員インフルで

フラフラか。

 

ハイであるか否か。

否、であっても我々生きていかないといけないんです。

祖先がここまで命をつないでくれたんですよ。簡単な

もんじゃない。

 

そんな簡単なもんじゃないんだよ、桜田大臣!