YOKOHAMA

横浜。

横濱。

ヨコハマ。

 

僕が生まれ育った町。

横浜。

 

ここは、とても悲しい町です。

 

江戸時代の終わりに、欧米からの圧力で

突貫工事で産まれた町。横浜。

 

圧倒的な文化がなだれ込み

租借する間もなく、異文化を

受け入れて行った町。

 

その開かれた港に佇むと

文明開化が明るいものだったとは

思えない。

 

それはまるで女性が無理矢理

 

赤い靴を履いていた女の子は

異人さんにつれられて

どうなったんだろう。

 

BLUE LIGHT YOKOHAMA

 

根岸のドルフィンという店を

ユーミンが歌った。

とても横浜らしい歌。

悲しい歌。

 

本牧という場所がある。

ゴールデンカップスというバンドが

米兵によって注入される音楽を

巧みに演じた。とても生々しい

文化交流がそこにあった。

今もブギーカフェやIGには

その空気が宿っている。

CHIBOさん。本牧そのものといった存在。

ネオンの明かりの下で食べる

アメリカンな料理は、あの店でしか

味わえない、食事を超えた

文化交流。

そしてそれは、大きな断絶を常に

感じさせる悲しさがある。

今の本牧、ほとんど廃墟ですから。

ブギーカフェのちょっと先に

ステーキガスト。家族持ちになってからは

もっぱらそちらに行く様になりました。

あの能天気な空間でサラダを山盛りよそう

空虚感。店内のインチキ・アメリカンテイスト。

それはそれでいいんですけれど。

米軍の住宅があった記憶。

マイカル本牧というバブル経済の記憶。

ひっくるめると、どうにも、切ないのです。

最近、マイカルのキッズタウンによく行くが

なんとも、また痛々しい。あの煌めく本牧が・・・。

ポワトリンってテレビ番組のロケ地としても有名。

初めて映画館のナイト・シアターに行った記憶。

あれはマイケル・ジョーダンとバックス・バーニー

が共演した映画だったな。もうその映画館はない。

ベイホールだってもうないし。

そこからすぐのユニクロ

まだユニクロが珍しかった時代でした。

そのユニクロももうない。

 

石川町というJRの駅がある。

私の学生時代はバナナレコードとタワーレコード

が2件ありおおいに学んだ。数時間はその2件で

ゆうにすぎていった。今はどちらもない。

元町っていう商店街の入り口には初期のマクドナルド

があった。そこは1981年にオープンしたマクドナルド

国内300号店を記念した特別な店だったはず。

私なんかだと、マックっていったらあの店だった。

今はもうない。

 

関内。

ヴァージンメガストアディスクユニオンという

二大巨頭があった。もう降り立った時点でアガル!

ディスクユニオンは今でも小さく営業している。

でもそこへ行くと、小さい店内にひしめく

音楽好き達がかつてのように鋭い視線で

棚を覗き込んでいて、和む。

2020年に横浜市庁舎が移転すると

関内も本牧の様に廃墟と化すのかな。

切ない。

 

明日、とある雑誌の

取材を受ける予定でして。

横浜特集。

仕事なので対応は丁寧にさせて頂きますが

本心は、横浜に対し

とても深い悲しみに包まれています。

 

もっと悲しい内容が盛りだくさん

なので、また次回、お届けします。

皆さんのメンタルに作用するような

文を届けられたら。

そんな思いです。