テロリズムとファッション

パリだけでなく、胸が痛くなる惨劇が世界各地で起きています。

自然災害然り、戦争。そして、テロリズム

そんなテロリズムとファッションを同列に扱うことは

不謹慎なのだろうか。その答えは分からないままタイピングを

続けます。

 

いきなり脱線してしまうんですが、チェロ(楽器)奏者を

チェロリストといった友人がいました。飲んでいた牛乳を

鼻から吹き出してしまい、痛かったのを覚えています。

不謹慎な出来事でした。

 

テロといえば、オウムの地下鉄サリン事件。最近の若者は

もうあの事件を知らないかもしれないけど、それはもう

衝撃的なテロ行為でした。世界が震撼したといっても過言

じゃない、「日本人ってやばいぞ!」って。未だに、あまり

触れてはいけない話題な気がしますのでそっと触れるに

とどめますが、横浜市の南部に住む私にとっては坂本弁護士

の事件もあり、思春期だったこともあり深い記憶として

刻まれています。オウム真理教の信者が着用していた

服はサマナ服というそうですが、強烈な個性を放っていました。

ファッションじゃくくれないレベルだね。前回、ビートルズ

で触れたラリってる時代、危険ドラッグを多様していた

ジョンレノン達ですが、その時代の末期にインドへ修行?

にいってまして、そのときに白いサマナ服のようなものを

着ていました。薬の影響で、痩せていてなおかつヒゲもじゃ

ヒッピーの原型かな。オウム真理教もヒッピーなのか?

で、ご丁寧にその服を原宿の名店、ゲットバックがレプリカ

で販売してました。それを見たときオウム事件を真っ先に

思い出し、袖を通す事すらためらいました。

やはり、恐怖心です。それこそがテロリズムの影響。

神秘なる存在と恐怖行動。この日本では20世紀末

世界に先駆けてその段階へ突入していたんですね。

パリで襲撃された方達を追悼する気持ちは100%

共感しますが、私達の国には未だにサリンで神経を侵された

被害者達がいる事も、しっかり思い出さなくてはならないの

ではないでしょうか。シリアで現在も苦しんでいる人が

いる事もまた然り。それこそが、テロリズム

 

もっと大きく捉えれば、かつての世界大戦は恐怖の時代でしょう。

19世紀から、20世紀にかけて。どれだけの恐怖があったことか。

私的な話で恐縮ですが、私の曾祖父は日本統治下の台湾で商売

してましたが、店を先住民の部族に襲われ従業員が殺されてまった

そうです。もう一方の曾祖父は満州の鉄道設計に携わってましたが

敗戦後、ソビエト兵に袋叩きにされ命は取り留めましたが廃人同様

になってしまいました。大叔母は長崎で原爆に合い、瓦礫

埋もれていたところを救い出されました。お腹の子供は亡くなって

しまいました。原爆とかいって、どんだけの恐怖だっつーの。

マジで。でも私はそんな歴史を聞かされつつ、リーバイスの

大戦モデルを着る訳さ。このディティールがどうのってね。

1944年、自分の祖先がどんな想いで生き抜いたかを。

知ってか知らずか、どうしてもアメリカを崇拝してしまうんだ。

かっこいいから。実際、マジでかっこいいよ。リーバースの

ヴィンテージは。色なんか、最高ですよね。オリジナルがあんだけ

高値で売買されるのは当然だ。でもね。歴史的に考えると

僕たち、とっても滑稽な民族だってことを忘れてはいけないと思う。

かっこいいアメリカに挑んだ祖先が馬鹿なのか。祖先を忘れ去って

その敵を崇める私達が馬鹿なのか。私には分からない。

 当時のミリタリー、喜んで着ている私達ってある意味すごいな。

だって、イスラム国は十字軍の時代にさかのぼって怒ってるんだぜ。

日本人はさ、数十年前に、原爆っていう画期的な攻撃をくらってる

ことすら忘れている。そのすごさ、あるいは、恐ろしさ。

はっぴいえんどの名曲、「はいからはくち」まさにそうだね。

原爆も、地下鉄サリンも、福島原発も、全部忘れられるんだよね。

そんな国民だからこそ、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー

あのノリになれるのか。あのPVで、イスラム国のテロリストたちが

あれを踊る勇気があるだろうか。勇気?そんな話は不謹慎だろうか。

パリで今、シリアスになってるフランス人達が一緒にフォーチュン

クッキー踊れるだろうか。それをイメージするだけでも、いけない

ことなのだろうか。わからない。平和って、なんなんだろう。

 

私はイギリス軍の迷彩が大好きで、よく着ています。上下でね。

靴はUS NAVYなんだけど、NATO軍も使っているらしく、矛盾は

ない。そんな服を今着ているとさ、すごい意思表明みたいでね。

さらっとファッションでアーミープラス、なんかじゃ済まない

レベル。ガチです。そんで、うちのマンションにはモハメッドさん

っていうアフリカ系の人が住んでまして、彼の視線が気になるんです。

めっちゃいい人なんですけどね。毎年年明けに彼のつとめる会社の

カレンダー、くれるんです。

 

ここまで文打っといてなんですが、やっぱり昔の欧米の服ひっぱり

だして、執拗にディティールを誉め称える人たち(私も含め)は

狂ってる。人っつーのは、命のリレーでつながってて、それを

つないでくれた家族たちと断絶している時点で豊かな文化は

育まれない。欧米カルチャーにのっとった疑似的豊かなライフ

スタイルを送ってる「しがない」日本人達、全員、滑稽ですよ!

まったく心が豊かじゃないんだ!親が子をおもう心。愛。

そういうのがあっての豊かさなんじゃないでしょうか。

そういう思いをつないでくれた祖先達がいて、その祖先達を

恐怖にたたき落とした欧米がある。

 

そこをしっかりと踏まえてほしい。それを踏まえて、だがしかし

かっこいいから着るんだ!という。日本製よりアメリカ製がいい。

かっこいいから!という決断。反骨精神(誰へのだ!?)

大叔母は僕に言ったよ。戦後、米兵がジープを乗り回していて

その姿を見たときに、あのチノパンの光沢感、素敵!って思った

んだって。センスってそんなものかもね。彼女がそのとき見た

チノパン、きっと今見てもオレもかっこいい!って思うだろうね。

欲しい!って思うだろうね。そん時日本人が履いていた哀れな

へんてこな服なんて、目も当てられないだろう。それがファッション。

尖ってるんですよ。本来のファッションは。残酷でもある。

豊かじゃなくていいんだし、破滅でいい。かっこいいんだから。

 

テロリズムってのに焦点を当てると、なんかこの日本って国の

正体がよく見える気がしますね。いかれてますよね。かなり。

そこがまた、いいんだろうし、世界はもう少しこのずれた国の

存在に注目した方がいいのかも。ルーツを軽々とぶった切る

テキサスチェーンソーばりの狂気。ジーンズひとつとって

その細部までなめる様にみつめ、さらにそれを再現してしまう

執拗さ。世界のどこにそんな人種がいるのでしょうか。日本

にいます。俺たちの子や孫がさ、後に欧米トレンドが

終わっちゃって、そしたらもう、全然違う価値観で

生きてんだろうね。そしたら今のものすべてが無かった事に

なるんだよ。きっと。俺たちのよしとしてきたものなんか

無かった事になる。そこにはつながりはない。きっと。

あっさりと、捨てられる。それが日本人というものだ。きっと。

 

無かった事にされるって、めちゃめちゃ悲しい事ですね。

自分で言っといてなんですが。