読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

トラッド・スタイル 6

PROLOGUE

2009年に入ったとたんにはっちゃけた私。

はっきりと思いました。

女の子にモテたい!

トラッド・スタイルなんかさ、全然うけないんだもん。

誰得って話よ。

ハイなファッションをドドッと買って

で車を買いました。

彼女を乗せてドライブ!

オークリーのフロッグスキンかけて

いけてるぜー!おれー!みたいな。

バカですね。

麻生内閣とともに、長らく続いた自民党政権

ダッチロール状態となる。「新しい流れを」

日本国民がいよいよ意思をもった行動を

とる時が来ようとしていた。

そんな気運を感じていた。

NEW SENSE!

8月、新宿御苑で彼女にプロポーズ。

ディオール・オムのセット・アップで。

9月、鳩山民主党政権誕生。

10月、結婚。

人生でこれほどのクライマックスってなかった。

 

トラッド・スタイル 6

 

ハイなファッション。旬のトレンド。

これらは身につけることで満足を得るという

エンターテイメントとしての存在ではないだろうか。

映画を観る、音楽を聴く、服を着る。

 

こうなった時、私たちは完全に受け身となる。

ブランドが続々と魅せてくるプレゼンテーションに

心躍らされるわけだ。

楽しいことはいいこと。

でも、それがおしゃれなのか分からなくなってきた。

自分で言うのもなんだけど10代後半から20代いっぱい

服にはお金をかけてきたよ。一番のウェイトを置いてきたんだ。

楽しかったし、自信を服からもらっていたときもあった。

そうなんだ。あれはエンターテイメントだったんだ。

刺激的だったな。


しかしね、30歳を超えて思うのは

服よりも大事なものがあるんだってこと。

そのひとの味ってやつかな。人生からにじみ出る。

あと、T P O。

この辺が響いてくる。


トラッド・スタイル

上質なジャケット、シャツ、パンツ

オールデンをはいて、ローレックスつけて。

ただ単に、自己満足。ちょっと汚れたら

ビクッとしたり。

これでは駄目なんだ。

間違っていたよ。

 

「着こなしが板につく」

これって一生懸命に生きるからこそだよね。

結婚によって、それまでと価値観が大きく変わった。

毎日が、それまでとは別のものになった。

楽しいんだよね。

で、服を着るという。

あ、そうそう、服着なくちゃ。みたいな。

 

手元にある服ってのはだいたいなじんでる訳で

かつては必死こいて買った奴ら。

それらを無造作に身につける

その動作が自然であり

それが生活にとけ込んでいる風景。

与えられたコテコテのトラッド・スタイル

ではないけど、自分においての信頼できる

アイテムを身につけるってのがいいなと。

 

例えば・・・

「おお!これにこれ!おおお!」

10年選手のガリアノーネのシャツに

ドリスのベスト、ディーゼルのスリムジーンズに

マックィーン×プーマのハイテクシューズ!みたいな。

ベルトにクリスチャン・ポエルみたいな。

ちょっとやり過ぎかなってことでベルトはアンボワーズに。

 

コーディネイト一式揃えてジャーン!

っていのは簡単だけど、そうではないいろいろなモノ

(しかも自分のワードローブからの)とのコーディネイト

を楽しむというのはとてもおもしろい。

その瞬間、瞬間が勝負なのである。買うときも勝負。

着るときも勝負。

愛着が薄れたものは身の回りから離れていくが

残っていく奴らがいる。

環境や状況が変わりそれでも身近に置いておきたい服たち。

これらは自分にとってのトラディショナル・スタイル

なのではないか。

誰にとってもの定番というのに魅せられて買い

安心し、まめまめしく手入れし。

僕はそれをオシャレとは思えない。

 

若いうちに口が渇いてしまうほどの買い物を沢山した方がいい。

背伸び以上の買い物なのに、即決断しなくてはならない緊張感

(品薄のため)。その連続の中で、自然と身近に残った服たち。

最新の尖ったアイテムたちをも飲み込んでしまうような大きな存在

が時に現れるのだな。それらに出くわすことはとても幸せなこと。

で、人生を次のステップへ進めると。

 

そんなことを思う訳です。

 

次回トラッド・スタイル シリーズ最終回。

ある種悟ったかの様な私でしたが

更に想像を絶する未来というのが

待ち構えているのでした。

 

つづく