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マイ・ルーム 6

PROLOGUE

'04年、5月。
私は会社を辞めた。
翌月より、山下埠頭たもとにある
喫茶室を運営することになる。

私がそこで何をしたかったか。

狂いたかった。
何にも邪魔されずに伸びきりたかった。
その生活を始める前の決意表明として
断食をした。

サラリーマン末期の怠惰な自分との
決別だった。水すら飲まずにがんばった。
力石トオルへの憧れも一寸あった。

私の性格の中の歪んだ部分を爆発させる
為に、できることは全てしようと思った。
マイ・ルーム、クライマックスである。

 

マイ・ルーム 6

 

店の責任者となる、すなわち一日の大半を
店で過ごす。そうなると、店は私の部屋となる。

再び大移動が始まった。しかも、以前の私の
持ち物JBLのスピーカーとも再会を果たす。
店は二階にあったが一階には開かずの倉庫があった。
ひどく汚いため長らく放置された部屋だった。
私はそこに目を付ける。

店をいくら部屋化するといっても、客席は
どうにもならない。自分用にできるのは
ほんの一部分である。そこで、究極パーソナル
ルームとして一階倉庫を捉えることにした。

そこから死闘が始まる。
予想以上に汚かった。入った瞬間天井にゴキブリ
の卵。まるで、インディー・ジョーンズの世界。
普通なら怯んだだろうが、当時の私はそこに
理想郷を見ていた。
何故か。

厚さ20cm以上あるコンクリートに覆われたその
倉庫はまさに大音響を可能にする夢の空間だった。
屋根裏の挫折をそこで成就しようとした。
年代物の生ゴミ、山のような電化製品。
店の業務そっちのけで私は戦っていた。
ちょっとの掃除では居れる場所になるはずが無く
結局3ヶ月を要した。

パーティーも開いた。
今迄音信不通だった友人達も呼び、賑わった。
前に登場したビッグ・スルーももちろん呼んだ。
マイ・ルームに人を呼ぶのは元来好きである。
店に人が沢山入っている様子を外から眺め
私は満足していた。そういう絵が見たかった。

当時好きだった活動としては
通勤中のサラリーマンを見ながらお茶をすること。
友人の コトワリ君と一緒に早朝集合し
駅のドトールでお茶をたのしんだ。
私は朝からサングラスをかけ、ニヤニヤしていた。
止まった時間の中で自分達だけが動いている
ような気がしていた。

絵の活動も始めようと、チームで雑誌を
創ることにした。雑誌名は『ゼウス』。

これ以外にも沢山変なことをした。
ジキル的な良識を持った私は魔封婆により
消し去られた。

朝、市民プールで開店迄泳ぎ(開店の準備は
パートさん任せ)ぷらぷら出勤。
途中の老舗パン屋で朝食を購入。パートさん
の分も。で、スターバックスでジュースを買って
店入り。売り上げはほぼ無い店だったので
部屋造りに励んでいた。
ふと見上げると、そこにはマリン・タワー。
自由が溢れていた。

レジ台がアンティーク家具だったので、その横
に置くサイド・テーブルもアンティークでそろえた。
山下の静けさ。アンティーク家具の中で私は
居眠りしていた。たまに起きてはマンガを書いた。
デビュー作で発表した「カフェ・maerchen」は
そんな中で描かれた作品である。「モヘ・ロック」
もそうで、当時のユルサを物語っている。

完成した一階プライベイト・ルーム。
素晴らしかった。屈辱的な撤退をした一人暮らし。
あの部屋をこえるものになった。
マイ・ルーム史上最強の部屋が誕生する。
誰からも干渉を受けない部屋。
音響設備もバッチリだった。テレビもつなげた。
間接照明をはり巡らしコンクリートの壁を
演出した。

セッティングが終了してまず最初にかけた曲。
大滝詠一の「ペパー・ミントブルー」。
音量はほぼマックス。
とんでもなかった。まさに音の洪水で溺れる
快感。曲が終わっても暫く放心状態であった。
映像で最初に観たのはベニ・ケイのサンライズ
のプロモだった。そのすぐ後に
マーロン・ブランドの「ワイルド・ワン」
「アン・アメリカン・バンド」
のブライアンが歌う「サーフ’ズ・アップ」
は毎日のように観ていた。
もういうことは無かった。

まさに理想を実現することができた。
だが、私は本当の恐怖を知らなかった。

倉庫での滞在時間が日に日に増える中
私はあることに気づく。吐いたタンが
真っ黒だったのだ。
血の気が引いた。
部屋をよく見ると小さい
埃が恐ろしく舞っていた。
それ以降、床を濡れぞうきんで拭くようにした。

空気がやや浄化されてくると、私はそこで
寝泊まりしようと考えはじめる。
初日の朝、起きると鼻から蚊の死骸が出てきた。
さすがにこたえた。
「ここは人間のいる場所ではないのか・・・]

極めつけは、いつも何となく臭かった原因である。
入り口にいつも砂の山があった。
変だなとは思っていたがほっておいた。
ある時それを間違えて崩すと中にはクソがあった。
焦ったが、犬だろうと思った。
だが、次に発見した時それが人糞であることが
証明された。紙があったのである。
「ふざけんなよ・・・」
と呟いた。
よくみると扉には立ちションの後があった。
私の倉庫はかなり窪んだところにある。
面している通り自体が裏路地であるため
そこは誰にも気付かれない場所であった。
後で知ったが、タクシー・運転手ご用達の
トイレであった。

私の理想郷への入り口はトイレであった。
アメリカ産超強力洗浄剤で毎日のように
洗うが、それも空しいだけであった。

続いて大雨の後。コンクリを通して
水がしみ出し、私のコレクション
を襲った。

そんな中、急遽私の勤める店の
大家さんが建物全て改装する
という話がやってきた。
店も一度閉店になるのだそうだ。

また挫折だったのかもしれない。
私は再び実家へ帰ることとなった。
未だに思うが、あそこが
一番過激であった。
また、私の人生であの時期程狂う
ことはもうないだろう。

店が閉店したら、私はニート
なろうと決めた。
ちょうど、私が実家へ帰ると
妹が就職先で寮生活となるため
北の部屋が空いていた。

結局、スタートに戻ってきた。
幼稚園のエメラルド・グリーン。
だが、今迄とは違っていた。
人間が住むために創られた
部屋はやはりいい。根本を
見つめ直していた。

つづく