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マイ・ルーム 5

PROLOGUE

一人暮らしで挫折した私は着の身着のまま
実家へ帰った。

元の部屋は妹に明け渡されており
私は南向きの小さな部屋を使うことになる。

小さすぎる。
どうすることもできない面積。
ここでどう過ごそうか。

 

マイ・ルーム 5

 

まずは、音響設備を屋根裏部屋へ配置した。
その頃徐々に増えはじめたDVDコレクションを並べ
その他にもCD、レコード等棚に並べた。
以前そこは「籠る部屋」だった。
基本的にはそうだが、今回は「浸る部屋」でもあった。

戻って最初にそこで見た映画は
ジョニー・デップの『ラスベガスをやっつけろ』だった。
空気の薄い部屋で私もトリップしていた。

下の部屋は洋服ダンスとベッドで終わりだった。
配置にしても大きさの都合上かっこ良くはできなかった。
キマらないともうどうでも良くなる。
散らかし放題。投げやり。
さらにつらかったのは机が不在だったことだ。
集中することがほとんどなかった。
会社でもソワソワ、家でもソワソワ。
落ち着きのない状況が続く。

そして問題が発生する。
屋根裏部屋でがんがん聞いていた音が
天井づたえに近所に響いていたのだ。
苦情がきて、びっくりした。
これで、「浸る部屋」もなくなり
何の楽しみもなくなってしまった。

ジキル的なノーマル・ライフが
生活のほぼすべてをしめて行き
ハイド的な屈折した面は蓋を閉められた。
だが、私自身後者をプライドにしている。
ノーマルな表層面ではとことん薄い私は
内側にもう一人の自分がいて初めて
成り立つのだ。こだわり、思想どれもが
屈折した私のものであった。

私生活も何も掴みどころがなくなり
会社での仕事もうつろになっていった。
2年目にして窓際族の心境だった。

意気込んで望んだ初年度、スーツ
カバン、靴どれもかなり気合いを入れていた。
だが、ノーマル生活にそれらはトゥー・マッチ
であり重苦しいだけになる。
全身無印製品になっていった。

以前書いた「堕落の道」を転げ落ちていたのは
この頃である。食への執着が増え、昼は並んで
ラーメン。夜は肉山盛り「キッチン・バーグ」
のスタミナ・生。5倍。もたれた胃にトドメの
ゲータレード一気飲み。でパチンコ。
当時のフルコースである。パチンコ屋で
ピロピロなる中、私の心は妙に静かだった。

荒れ果てた部屋で、しかも両親に寄生する
生活。非常に心地悪い気分。今考えると
ハイド的な自分はこの当時怒りを
貯えていたのだろう。蓋の中で。

当時通勤中に聞いていた音楽は
ビーチ・ボーイズの「レット・ヒム・ラン・ワイルド」
「英雄と悪漢」「イン・マイ・ルーム」
くるりの「ハイ・ウェイ」である。

フッとしたころからリーバイスの
T-シャツ・デザインに応募するが
全くの駄作となる。集中力の欠如
が如実に現れていた。

「このままではいかん」
私は思った。

会社を辞めた理由は諸説色々あるが
このままではいかんというのがかなり
大きな原因であった。

またそれは屈折した私のエネルギー
が溢れ出した結果でもあり
表層の薄っぺらな自分を消し去る
準備が整ったことを意味していた。

辞表提出。
2年間半という中途半端な勤めとなったが
その生活を続けることはできなかった。

食への欲望に惑う自分へのアッパー・カット
断食が始まった。

そして、実生活では山下埠頭のたもとにある
実家の店で働きはじめる。実際その店の責任者
となった。両親がそこへ来ることはほぼ無く
まさにハイドな私が爆発する時がやってきていた。

一年間のノーマル・ライフの反動。
様々なプランが頭を駆け巡っていた。
約10年前、2004年6月1日。

つづく