マイケルと鳥山

マイケルと鳥山

マイケル・ジャクソンと鳥山・明

'80s〜'90sに世界を変えた有色人種の天才。

この二人を同時に扱ってみよう。

 

1958年マイケル誕生。そして'69年、兄とともに
ジャクソン5としてモータウン・レーベルから
デビュー。モータウン史、最後の栄光を飾る。
グループとしても十分魅力的だったがなんいっても
マイケルのリード・シンガーとしての存在が圧倒的
であった。キラー・チューンのオンパレード「ABC」
「アイ・ウォンチュー・バック」'01年に売り出された
「ソール・ソース、ジャクソン5・リミキシーズ」
を聞いてはっきりと分かったがマイケルはポップ
シンガーである。万人を引き付ける圧倒的な魅力。

ソウル・ミュージックの定義自体、R&Bのポップ版
ということになる。白人による音楽業界での稼ぎ方
を黒人自ら行なったのが、モータウンの社長ベリー
ゴーディー。そもそも、ブルース、ロック’ン’
ロールといった売れ筋音楽のルーツは黒人のもので
ある。「じゃオレたちも稼ごうよ」これは単純な結論。

時代が後押しした。ニュー・オリーンズからAFO
(オール・フォー・ワン)の残党も加わり強力な
ソングライティング・チームを結成し、これまた
最強のアーティストへ提供。'60年代中盤には
「ヒット曲の方程式」が完成していた。
ブラック・ミュージックの最盛期を迎える。
世の中は白人が支配している。白人の好みは
そのまま普遍的なポップスという価値を持つ。
現に世界に届けられるのは白人が造った商品。
そのアイテムとして黒人もいたが、黒人が売り手に
回ることは画期的であった。その点においてポップスと
ソウルは大きな隔たりを持っている。

だが、である。そんな中、マイケルは人種、性別
年代の枠を取っ払った点で、やはりソウルではなく
ポップ・シンガーであるといえる。
キング・オブ・ポップ
その後のモータウンと決別や紆余曲折を経て'79年に
「今夜はドント・ストップ」でソロ活動を本格開始。
クインシー・ジョーンズとのスーパー・コンビの
誕生である。

'78年、日本の一大文化産業「マンガ」における
モータウン・レーベル「少年週刊ジャンプ」で
鳥山・明デビュー。起工デザイン科で学んだ鳥山は
既に完璧な画を描いていた。デビュー作品
「ワンダー・アイランド」では後の完成度からみれば
ナチュラルで行き当たりばったりの感もあるが、なにより
描く喜びに満ちている点で非常に魅力的である。

'80年から続く「ドクター・スランプ」では集英社からの
担当者、鳥嶋氏(マシリト)との絶妙のコラボレーション
はマイケルとクインシーのコンビに負けるとも劣らない。
時代を反映させ、ナンセンス・ギャグ・マンガである。
しかし、絵、キャラクター、架空都市ペンギン村の
強烈な魅力により奇跡的な傑作となる。テレビ・アニメ
は国民番組と迄いわれた。水曜7時、その後7:30からの
「うす星やつら」と比べるとやはり、鳥山の作品は
万人受けするまさにポップ・マンガといえる。

せんべいさんはエロい。巻きグソもしょっちゅう出てくる
にもかかわらず、みんなが微笑んでみれる不思議な作品。
また、この作品連載中の4年間はジャンプが少年誌の
トップとしての座を確実にした時代で他にも傑作が並ん
でいた。北斗の拳キン肉マン
スティーウ゛ィー・ワンダー、マーウ゛ィン・ゲイ
のいた頃のモータウンは絶頂のジャンプを思い描けば
よい。

マイケルのデビュー・アルバム「オフ・ザ・ヲール」
はスマッシュ・ヒット。だがこれは始まりに過ぎなか
った。'82年のモンスター・アルバム「スリラー」から
くり出される核弾頭級のシングルの数々。
「ビリー・ジーン」「ビート・イット」「スリラー」
今こうして打っているだけで胸が熱くなってしまう。

もう凄すぎるの一言。天才的シンガーであり
圧倒的ダンサーであり、ルックスのいいパフォーマー。
それに加えて独創的なソング・ライターの才能と
それらをひっくるめてプロデュースする力。
マイケルは全て持っていたのである。
あり得ない存在。だが、スリラーの爆発がマイケル
を孤高の存在にしてしまったことは事実である。

黒人社会からはすでに抜けていたが、家族とも
亀裂が入ってしまったためまさにひとりで戦う
ことになってしまった。

'81年に放送開始したMTVの最初の
PVはポール・マッカートニーとマイケルの共作
「セイ・セイ・セイ」であった。当時、黒人の
プロモーション・ビデオが流れることは非常に
珍しいことだった。その伝統を破壊したのが
マイケルの'80年代の作品達であった。勢い
は増していく一方である。

'84年、「ドクター・スランプ」を終了させた
鳥山はカンパツ入れず「ドラゴン・ボール」
を始める。今迄のほんわかムードは若干残しつつも
同時代のセンスをよりリアルに表現している。
初期のブルマの服装は非常にオシャレである。
また、私はここに細野晴臣が起こしたYMOの影響を
感じている。本人の自画像や、ウーロンの来ている
人民服。そして、「気」の力を前面にだしている
ところに「YM(イエロー・マジック)」をみる。

'80年代後半はニッポン!の時代。鳥山もあたり
に充満する自信をキャッチしていたのだろう。
かつてのペンギン村にあった'70sのなつかしさ
やローカルさは消え、時代、国の枠も取っ払わ
れている。テーマはとことん強さを目指すこと。

感情のヒダなど関係ない。実際、悟空の性格は
正義と強さを求めるという二つしか無いといえる。
まさにマイケル!アメリカン・ドリーム上に
のった有色人種たち。

前半は冒険活劇であったが、テレビ版「Z」
から内容は格闘メインに変化する。これが'89年。
諸説あるが、鳥山が「もう辞めよう」との意を
込めてアルファベット最終文字"Z"とつけたとい
われる程、本人は疲弊していたのだろう。
'86年から始まる「ドラゴン・クウェスト」の
仕事によりゆったりと仕事をする快感を味わう。
連載マンガの非人間的生活に嫌気が差すのも
当然である。

だが人気はさらに拍車がかかる。実際、アメリカ
での売れ行きを見ると「Z」以降の方が人気がある。
最強、普遍のポップ・マンガとなった。

マイケルの'87年の作品「バッド」。この映像は
私の知る限り最も凄い。「気」を感じる。
地下鉄構内を風を切って歩く姿。右てを高く
あげて「ハーッ」と叫ぶシーン。「気」だ。
ギロッとカメラを見る所などは後のスーパー
サイヤ人だ。見ているだけで「ドンッ!」とくる。
監督はマーティン・スコセッシ。いい。

実際、回りには敵もいなければ身内もいない。
あるのはただ、自分の可能性を追求することだけ。
悟空、鳥山だ!マイケルの顔が壊れはじめるのは
このアルバム以後。もうどうでもよくなったのだろう。

マイケルは'91年のアルバム「デンジャラス」で
行き着く所までいってしまった。行き過ぎて自分
でもどれくらい来たのか分からない、計れない程
のレベルになってしまった。これほど悲しいことが
あるだろうか。唯一の生きる目標すら無くしてしまった。

鳥山は'95年に「ドラゴン・ボール」を終了させている。
だが実際にはフリーザの話が終わる'91年には
キャラクターの戦闘能力は認識できるレベルを超えている。
私はマイケルと同時期に鳥山もいってしまったと考える。

マイケルのその後の作品'97年
「ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア」
恐い作品。マイケルのパフォーマンスで
つま先立ちをよくするがそのつま先と地面
が接していない感じ。アルバム中に
「ゴースト」という曲があるがそのまんまだ。
表紙も恐いし、マイケルの顔も恐い。
「スリラー」より恐い。
だが、それらが光り輝いてしかもフェード
がかっているのできれいにも思える。うすくして
あるのだ。あれでこかったら本当のホラーだ。
「ユー・アー・ノット・アローン」を観れば分かる。
何がしたいのか分からない。

鳥山の'97年作品「コワ!」これもよく分からない
作品だった。しかも彼の作品であるからより
不思議な存在となる。バックにある大きな存在
として"空虚"があるのだろう。これもやはりフェード
が効いているように感じる。

 

つづく